
「やっぱり日本人は、お米でしょう!」
小学生の頃から田んぼに立ち、田植えや稲刈り、年末の餅つきまで、米作りはいつも家族と共にありました。
それは農業というよりも、家族の絆を深める大切な時間。
そして今、その大切な時間は息子さんへと引き継がれつつあります。
今回は、そんな家族の中心に“田んぼ”のある暮らしを続ける、兼業農家の中重真一さんをご紹介します。

中重さんは、 実家と母の実家で田んぼを作っていたので、田植え・稲刈りの時期になると毎週のように田んぼに通っていました。
田植えの季節も、稲刈りの季節も、家族総出で田んぼへ行きました。 そんな風景は、昔から変わることなく今でも続いています。



米作りの作業自体は汗だくで泥まみれ!でも、それも楽しんでやっています。
中重さんにとって、大変だからこそやり甲斐があるという農作業。

しかし、本当に大変なのは”虫”との戦いだそうです。
街灯に虫が集まってきて、ひどい時には”ウンカ”が一晩で燃えるほどだそうです。
自然相手の仕事は想定外の連続で、それでも田んぼへの愛情と覚悟の中で楽しみながら頑張っています。

中重さんの田んぼでは、稲刈りの後、藁をそのままに残しておくそうです。
それを、近所の酪農家さんがロール状に巻き取って持っていって牛の餌に使い、時間をかけて堆肥にして、12月頃には田んぼに戻ってきます。
つまり、田んぼで育った稲が牛の命を支え、その牛がまた田んぼを肥やしてくれる!
そんな自然のサイクルの中で米作りを続けています。
化学肥料に頼らなくても、地域の中で完結できます。
こうした”循環農業”のスタイルは、昔ながらの知恵と、今の暮らしの中で培われたつながりの両方があってこそ成り立つものだと思っています。

普段の水の管理は父が担ってくれて、日々の田んぼ仕事を支えてくれています。
そして、田植え、稲刈り、年末の餅つきは、中重家にとって欠かせない年中行事です。
毎年家族みんなで力を合わせるこの時間こそが、暮らしの軸になっています。

今では、息子さんも一緒に田んぼに立ち、色々と受け継がれていく準備が少しずつ始まっています。
「息子も手伝ってくれているので、少しずつ教えながら、これから先もずっと家族で田んぼを守っていけたなと思っています」と話していただきました。

中重 真一/Nakashige Shinichi
代々続く米作りの営み。
それはただの農業ではなく、家族の時間そのものです。