切り絵は、白と黒で表現される。鹿児島で生まれ育った私にとって、切り絵とは「故郷」そのものです!
切り絵アーティストの三島知美さんをご紹介します。
幼少の頃から絵を描く事が好きだった三島さんは、小学校の担任の先生の言葉がきっかけで、イラストレーターを目指しました。
その担任の先生から「世の中には、絵で仕事ができる職業があるんだ!それが、イラストレーターだ!」と教えてもらったのです。
高校卒業後、1年間アルバイトをして上京するための資金を作り、福島県出身の著名なイラストレーター長沢節さんが創立した、セツ・モードセミナーへ4年間通いました。
長沢節先生は、ファッションイラストの第一人者と言われ、学校ではデッサンを中心に水彩や色の勉強をしました。学校はファッションにも携わっていたので、服の洋裁コースもあり、在学中洋裁の勉強もしました。
先生の職業柄、学校には数多くの雑誌編集人も来訪しました。
私は卒業と同時に知人の紹介で、雑誌のイラストカットのお仕事をいただきました。
帰郷する転機になったのが、父の闘病生活でした。
とても優しい父・・・。これだけ自由にさせてもらったのは父が寛大だったから・・・。
叔父に「最後くらいは帰ってあげなさい!」と言われ鹿児島へ帰る事を決心しました。
鹿児島生活では、東京で出会った方のご縁があり、お仕事を紹介いただき、文を添えてイラストを描く仕事をさせていただきました。
その仕事で、鹿児島県内を色々回る事になり、鹿児島市を行き来しているうちに、街の喫茶店のマスターに鹿児島のお店と作家の人たちがタッグを組んで展示会をする話を耳にしました。
三島さんと言えば、長沢先生の水彩の表現を取り入れる形でイラストを描き続けていましたが、自分の個性を探していました。
そこで周りの人からアドバイスとして取り入れたものが「切り絵」でした。
「切り絵」は白と黒の表現ができるという事から、鹿児島の街に切り絵が合うのではないか?という事で自分の表現方法として「切り絵」を選び、現在に至っています。
山を切るのが好きで、桜島の切り絵をよく描きます。切り絵は、東洋と西洋のどちらの世界にも通じている表現のように思います。
鹿児島に古くから伝わる「いろは歌」を切り絵かるたにしています。今後も精力的に鹿児島の物や事、人物などを切り絵にして表現していきたいです。
三島知美/Mishima Tomomi
切り絵を制作する上で色々な方々に出会う事が出来ました。
本当にそのお一人お一人に感謝しています。
これからも良い作品を作り続けていきたいです。